BMW635CSiに乗り続けていた仲本幸男さんに
電話してみたら、変わらずお元気な様子だった。635CSiも快調に走っていて、取材に訪れた時と変わらず、奥様と一緒に美容院を切り盛りされていた。
「この暑いのに、クーラーの調子が悪くて、
ダマしダマし乗っていますわ」

この夏は、関西もとても暑かったそうだ。

カーナビを新調した以外、635CSi自体に変わったところはない。

635CSiもさることながら、僕は仲本さんの41年前のJALパックのエピソードが大好きで、自分のことのように友人に紹介したりしていた。
もっと詳しく話を聞きたいので、再会を約束してもらった。

週刊・金子浩久 第1号 10年10万kmストーリーアーカイブ1回
(2012年10月1日発行)

3.5リッター直列6気筒エンジンが縦置きに搭載されている



「10年10万kmストーリー」アーカイブ1

ビバリーヒルズの決意

仲本幸男さんとBMW635CSi(1985年型)
22年
9万2000km
写真・三東サイ

●ポルシェ911の代わりにやって来た

 クルマの好みや、クルマに求めるものが変わる時がある。
 BMW635CSiを22年間で9万2000km乗り続けている仲本幸男さん(67歳)は、神戸で「美容室原宿モトコ」を経営し、今でも妻の紀子(もとこ)さんやスタッフと一緒に顧客の相手をしている現役美容師だ。635CSiに乗る前はポルシェ911に、その前はBMW520iに乗っていた。
「美容の仕事をし始めると、“美って何だろう?”、“美は、どうしたら作り出せるのだろう?”って考えるようになって、それがやがてモノ作りなどへの興味にもつながっていきました。520iにクルマの美を見出して買ったのです」
 520iに乗る前は、マツダ・ルーチェ1500、ファミリア1000、トヨタ・スポーツ800などに乗っていた。ルーチェ1500から520iとは、ずいぶんと奮発したものだ。
「店も軌道に乗ってきていましたからね。家内は中卒で美容師になり、東京の原宿で修行してきて、僕と結婚した時には、すでに一人前以上の働きをしていたから、頭が上がりません」
 店は繁盛し、520iを911に買い替えた。始業前に、阪神高速道路を大津インターまで走って、コーヒー一杯飲んで帰ってくるのが日課のようになっていた。
「ポルシェにはのめり込みました。速さと、ダイレクトな感覚に。9年間乗りましたけど、新型がさらに速くなって、もう僕には手に負えなくなっちゃいました」
 ちょうど、隣の輸入車販売店の社長から911を譲って欲しいと言われ始めていた。
「“代わりのクルマはウチが探すから”と持ってきたのが、このクルマです」
 635CSiは、香川県のBMWディーラーに一年間展示されていたデモカーだった。911は500万円で引き取られ、「たしか、3、400万円だか」追い金して、635CSiに。
「ポルシェもBMWも、“クルマの好きな人が作ってはるんやな”って思いますね。どっちも、“応えてくれる”んですよ。ポルシェは、乗る気になって運転すると応えてくれるし、BMWは触ってあげると、キチンとそれに応えて調子が出るんです」

 

●「応えてくれるから、いいね」

  仲本さんは、自分でできる手入れはなるべく自分で行うようにしている。それも、点検マニュアルに記載されているようなエンジンオイル交換のようなものから、ホイールを外してブレーキパッドの粉を掻き出す清掃まで、さまざまな作業を自分で行っている。
 大掛かりなものでは、ラジエーターとそのリザーブタンクを外し、内部を洗浄したりもする。カーナビとオーディオの本体は、運転席と助手席の下にそれぞれ設置した。今はもう使わなくなったアマチュア無線機も、ケースを自作して取り付けてある。後席の窓ガラスにはカーテンが渡してあって、面白い。
 さらに、ステアリングホイールは3シリーズ用に交換され、入手困難となったミシュランTRXのために、「たぶん、5シリーズのものらしい」ホイールを手当てし、違うタイヤを履かせている。ハルトゲのマフラーやアイバッハのダンパーとスプリングなどの取り付けは、さすがに専門ショップに依頼した。
 どの作業も、失礼ながら“凝りに凝った”という類のものではなく、ほのぼのした風情を漂わせている。635CSiのような高級車ともなれば、“でなければならない”式のオリジナル至上主義に凝り固まるのが一般的だろう。でも、仲本さんは、そんなつまらない既成概念は易々と飛び越えて、まるで動物と戯れるかのように、635CSiと付き合っている。
 仲本さんの言葉の中に、たびたび“応えてくれるから、いいね”と出てくるのは、こうやってさまざまなカタチで635CSiに触れると、狙い通りに仕上がるからだろう。自由に、自在に接することで、関係を深めていっている。
 635CSiのことを話す仲本さんは、実にうれしそうで、屈託がない。クルマのことだけでなく、家族のこと、仕事のこと、店のこと、友人のこと、趣味のゴルフやディンギーのことなどを、柔らかな関西弁で語る。表情が少しこわばり、遠い眼になったのは阪神淡路大震災のことに触れた時だけだ。635CSiは難を逃れたが、息子の幸裕さんの911はパレット式駐車場の中で、ツブれてしまった。
「震災でヒドくやられたけれど、ウチの家族は助かった。このクルマも、奇跡的に小さな傷だけで済んだ。今のBMWにはない工芸品的なインテリアや走りの良さ。よう止められんですわ」

 

●一年間のLA滞在

 635CSiを駐車場に戻し、冷房のよく効いた、美容室近くの珈琲屋に入って続きを聞いた。
「クルマも美容も一緒で、日本は、アメリカやヨーロッパから10年は遅れていますね。長いこと培ったDNAからして違う。それらしいものはできるんやけど、まだまだ。昔よりは、だいぶマシになったけど」
 41年前に、仲本さんはJALパックでアメリカ・ロスアンゼルスへ観光旅行に出掛けた。大学卒業後に入った商社に勤めていた。
「向こうに渡って、美容師になった友達がいたんです。僕が泊まっていたホテルにMGで迎えに来てくれて、“ウチ来るか”って、彼のマンションに移って、そのまま一年間居ました」
 えっ、一年間もですか?
「彼とこから移民のためのアダルトスクールに通って、週末は、MGでラスベガスに出掛けたり、ホームパーティやったり、呼ばれたり。楽しくって、アッという間でした」
 JALパックは、どうしたんですか?
「そんなん、それっきりですよ。会社? 何も連絡しませんでした。親の縁故で入った会社だったから、親からは勘当されましたけど」
 飄々と喋るが、昔の人はスゴい。
 一年後のある日、ビバリーヒルズの友人の店で、仲本さんは決意した。
「日本に帰らんとアカンな」
 離婚して、働きに出なければならなくなった女性客の長い髪を、友人が短く切っていた。
「“これから大変かもしれないけど、君の人生はオレが変えたる。この髪型で胸張って歩け”って、友達は励ましながら切っていました。美容師が客の人生を変えるなんて。アメリカって、スゴいな。日本に、そんな美容師はいないな。僕にも、美容師できるかな? “オレがやっているんだから、できるさ”」
 仲本さんは帰国し、美容学校に通って、紀子さんと結婚した。
 ビバリーヒルズでの決意で美容師に転身し、成功。クルマを見る眼も変わり、520iと911を経て、635CSiへ。そして、震災。人生の転換点に連動するかたちで、クルマの好みやクルマに求めるものも変わってきた。もちろん、いいことばかりではなかっただろう。特に、震災で失われたものは計り知れない。だからこそ、ともに潜り抜けてきた635CSiとの絆は太くなるばかりなのだ。

『NAVI』誌2008年11月号より転載

いまは無き『NAVI』誌で、1990年3月号から2010年2月号まで、二度にわたって長期連載していた
「10年10万kmストーリー」は4冊の単行本にまとめられている。
しかし、まだ収められていないストーリーがたくさんあり、切り抜きを収めたスクラップブックを
ときどき引っ繰り返してはパラパラやっていると、その後のみなさんの様子が気になってくる。
変わらず元気に過ごしているのか?
まだ乗り続けているのか?
それとも、他のクルマに乗り換えてしまったのか?
センターコンソールには、懐かしい自動車電話がマウントされている。
ミラーやドアモールなど、クロームメッキが輝いている。
バイクと一緒のモノクロ写真は仲本さんの若い頃。息子の幸裕さんの911と一緒なのは妻の紀子さん。残念なことに阪神大震災でツブれてしまった。ディンギーを楽しんでいる港で撮影された635CSi。
カーナビ用リモコンやアマチュア無線用マイクなどが装備された車内は仲本さんのリビングルームのようだ。見るからにホールド性が高そうな革シート。

●BMW635CSiとは?
 3.0(2.5)CSiの後継車として1976年にデビューしたBMWの高級2ドア5人乗りクーペ。スタイリングのイメージも、3.0CSiのものを踏襲している。広いガラス窓と細いピラーで構成された台形型のグリーンハウスは、今でも個性的で魅力十分に見える。
エンジンは直列6気筒、サスペンションは前マクファーソンストラット、後セミトレーリングアームというBMW流で構成されていた。
途中、M1用DOHC6気筒が搭載されたM635CSiがシリーズに加わり、1989年まで長生きした。

いまは無きTRX規格のミシュランタイヤとホイールは一般的なものに履き替えられている。
緑青が生じているハルトゲ製マフラーの先端部分。
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ご夫妻で経営している美容室「原宿MOTOKO」の前にて。
店名は、妻の紀子(もとこ)さんが東京・原宿で修業したことに由来している。