東日本大震災が発生して真っ先に安否を心配したのが京谷則幸さんとお母さんだった。なぜならば、福島の東京電力原子力発電所から30km圏内にお住まいだったからだ。
 携帯電話に掛けてみると、近所の家族たちと一緒に長野県の仮設避難所にいた。
「3月11日の晩には身の回りのものだけを持って、大急ぎで逃げてきました」
 もちろん、クルマどころの騒ぎではない。その時
は、一日も早く戻れることを僕も願って電話を切っ
た。
 こうして記事を再掲載させてもらう許可をもらうために再び電話したら、京谷さんはとても元気だった。震災直後よりも声に張りがある。
「今は普通に暮らしていますよぉ」
 語尾を上げる独特の喋り方は、取材させてもらった時と変わらない。
 避難命令が解除され、2011年10月に家に戻ってきていたのだ。地震によって家屋のあちこちを修復しなければならなかったが、母子ともに元通りの場所で暮らし直すことができた。
 しかし、勤めていた電子部品製造会社は他県に転出してしまったために職は失った。
「リストラされました」
 現在は派遣会社に登録し、さまざまな企業に出向いて働いている。
 乗っていたシビックは20万kmを過ぎて、急にあちこちが壊れ始めた。駐停車時にトランスミッションの“N”から“P”に入らなくなったり、ヘッドライトが暗くなる症状が治まらなかった。ディーラーには修理する手間と費用は小さくないでしょうと見積もられたので、フィット15Xに買い替えることにした。ホンダ・ファンの京谷さんとしてはシビックの後継にふさわしいクルマとしてフィットを選んだのだ。
 だが、家の修復などで大きな荷物を頻繁に運ぶ必要からフィットでは小さいことが幸いすぐに判明し、注文をフィットシャトルに切り替えた。
 シビックと同じように左足でもスロットルペダルを踏めるようにする装具を装着し、今月末に納車され
る。京谷さんの元気な声の元の何割かは、自宅に戻れて新しいクルマを迎えることのできる喜びが占めているようなので僕もうれしくなった。

週刊・金子浩久 第2号 10年10万kmストーリーアーカイブ2回
(2012年10月8日発行)




「10年10万kmストーリー」アーカイブ2

お参りと食べ歩きの相棒

京谷則幸さんとホンダ・シビック1.7X(2001年型)
8年
20万km
写真・三東サイ

●障害者免許の限定条件

 下肢に障害を持つ人がクルマの運転免許を取る場合、限定条件が付けられる。右足が不自由な京谷則幸さん(43歳)に教えてもらうまで、知らなかった。
 条件とは、「運転できるクルマの車両総重量が1.5トン以下で、オートマチック(2ペダル)式であること」だ。
 重量ではなく、総重量であるところに要注意。総重量とは、重量に定員分の体重と燃料や油脂類を加えた数字だから、それで1.5トン以下というと選択肢が非常に限られてくる。
 京谷さんが18歳で運転免許を取得してから乗ったクルマたちは、すべてこの限定条件に従っていた。
 最初のクルマは、三代目のホンダ・シビック、通称「ワンダー・シビック」。
「キビキビと、よく走りました。デザインだけでなく、なにかクルマ全体から若々しい雰囲気が伝わって来ていました。あのシビックは今でも、大好きですね」
 もう一台シビックを乗り継ぎ、同じホンダのドマーニに乗り換えた。その頃には、シビックの車両総重量が1.5トンを越え、新型に乗り換えたくとも、できなくなってしまったのだ。
 ドマーニは落ち着いた乗り味の小型4ドアセダンだ。いいクルマだったが、大きな荷物が入らない。布を巻いた長さ2メートルの筒が運べないのだ。筒は母親が洋裁で使うために必要で、以前は父親が軽トラックのホンダ・ストリートで買いに行ってくれた
が、父が亡くなってからは京谷さんが手伝わなければならなくなっていた。
「発表される新車はどんどん大きく重たくなっていくのに対して、法律は変わらないから、僕が乗れるクルマが減っていくばかりだったんですよ」

●前例踏襲主義に怒る

 長距離を走るために、京谷さんは総重量1.5トンを超えるクルマに乗りたくなった。勤務する電子部品製造会社の休日に、他府県の神社仏閣などに参詣し、途中の道中で美味しいものを食べるのを楽しみにしているからだ。
 長距離を走っても疲労が少なく、燃費に優れたクルマに乗りたい。そのためには、限定条件を解除する試験を受け、合格しなければならない。合格して購入したシビック1.7Xに、京谷さんは8年20万km乗り続けている。
「この限定条件は、大昔に定められたものだから、もう現実的ではなくなっているんですね」
 総重量がたったの1.5トンに限られている根拠は、重たいクルマはその重さに比例して、ドライバーがブレーキを踏む力を多く必要とするから、という考え方だ。
「もう、今じゃ、大きく重たいクルマでもブレーキを踏む力に変わりはありませんからね」
 ブレーキサーボの装着は当たり前だし、最新のクルマの中には緊急ブレーキ時にクルマがそれを自動的に感知して踏力を高めてくれるアシスト機構さえ付いている。だから、総重量とブレーキの間に相関関係はほとんどないと断言できるのだ。
「昔はそうだったかもしれませんが、今のクルマは違う。それなのに、法律だけが現実から離れたまま、効力を発揮し続けている。おかしいですよ」
 現実に対応しない前例踏襲主義に、京谷さんは怒っている。限定解除試験に臨むために、まず、県の運転免許センターに出向き、申請。次に教習所で、8時間の教習を受けた後に、卒業検定に臨む。京谷さんは一発で合格したので、約8万円の出費で済んだ。
 スロットルペダルを左足で操作できる装具を装着し、パーキングブレーキをオフセットする改造を施した自分のクルマを持ち込んで教習を受けなければならないから、その分も考えれば負担は大きい。
 18歳で初めて運転免許を取得する時にも、あらかじめ改造したクルマを購入しておかなければならないのだ。
 装具は、通常のスロットルペダルの上に大きなオルガンペダル状のペダルを被せて固定し、それと同じ大きさのペダルをもう一枚ブレーキペダルとフットレストの間に立てて、2枚をシャフトで連結する。左右どちらのペダルを踏んでも、スロットルは開く。

●長野の善光寺まで一日で往復

 合格後、限定条件が解除されて購入したシビック1.7Xにはとても満足している。母親の生地の筒も楽々入るし、高速走行も快適だ。ドマーニよりも燃費がいいのは、望外の喜びだった。
 ドマーニが11〜14km/lだったのに対し、シビックは13〜19km/lも走る。それも、レギュラーガソリン指定だ。数日前に茨城県の親類にお盆の挨拶に行った時に、渋滞気味の常磐自動車道を往復して、16.5km/lだった。
「燃費もいいし、乗り心地もいい。以前にも増して、シビックでの遠出が楽しくなりました」
 今年の夏前には、なんと長野の善光寺までの860kmを一日で往復した。燃費は、16km/l。
「寄り道しながら、片道7、8時間掛かりましたけど、疲れませんでした」
 信心深い京谷さんは以前から善光寺にお参りしていたが、今のシビックに乗る前は電車で訪れていた。
「でも、上野駅と東京駅では、乗り換えで構内を上がったり下がったりするのが多く、キツかったですね。やっぱり、クルマはドアツードアだから、負担が少なくて助かりますね」
 シビックは、おおむね快調に走り続けている。でも、5万km時点で、CVTを交換している。
「CVTから音がしていますね」
 購入先のホンダクリオ福島に定期点検に出した時、指摘された。発進時に時々エンストするようになっていたので、服部店長の勧めに従って、交換することにした。クレーム対象として扱ってくれたので、無償だった。
 また、今年に入って、いいタイヤと巡り会えた。それまで履いていたヨコハマ・エコスから同じヨコハマのデシベルに代えたところ、走りっぷりが大きく変わった。
「特に、高速道路でドッシリと安定するようになりました。同じクルマとは思えないほどです。燃費が5パーセントぐらい落ちましたが、断然、こっちを採りますね」
 休日の遠出の他、もちろん、日常の通勤や買い物など、シビックにはほぼ毎日乗っている。京谷さんの現在の暮らしぶりにシビックは過不足なく、ぴったりとフィットし働いてくれている。まだまだ乗り続けるつもりだ。
「ホンダには、これからもこのシビックのように長く乗り続けられるようなクルマを作って欲しいですね。私たちユーザーも、安さに簡単に飛び付かないようにしないと」
 インサイトには、すぐに試乗した。
「新幹線のシートみたいに貧弱な掛け心地で、ガッカリ。フィットで十分です。もし、給料が上がったら、ストリームRSTが候補に挙がりますかね」
 RSTは、3列シートをあえて2列にした通好みのモデルだ。
 京谷さんに会った数週間後に、メールをもらった。20万キロに達したという連絡だ。メーターを撮影した添付画像の200000という数字が滲んで見えるのは、うれしさで携帯電話がブレてしまったからだろう。

『NAVI』誌2009年12月号より転載

いまは無き『NAVI』誌で、1990年3月号から2010年2月号まで、二度にわたって長期連載していた
「10年10万kmストーリー」は4冊の単行本にまとめられている。
しかし、まだ収められていないストーリーがたくさんあり、切り抜きを収めたスクラップブックを
ときどき引っ繰り返してはパラパラやっていると、その後のみなさんの様子が気になってくる。
変わらず元気に過ごしているのか?
まだ乗り続けているのか?
それとも、他のクルマに乗り換えてしまったのか?
センターコンソールには、懐かしい自動車電話がマウントされている。
取材に訪れた時には、20万kmまであと1500kmあまり
だった。
左足でもスロットルペダルを踏むための装具。

●ホンダ・シビック1.7Xとは?
 2000年に登場した七代目シビック。それまでの3ドアハッチバックボディをやめ、5ドアで背の高いミニバン風をまとってきた。中身も、インパネから生えたシフトレバーやフラットフロア、ウオークスルーシートアレンジメントなど、ミニバンのように車内空間を拡げようとしていた。従来タイプの3ドアハッチバックボディはヨーロッパ仕様だけに存在した。
 京谷さんの1.7Xは1.7リッター4気筒VTECエンジンとCVTミッションを組み合わせた前輪駆動モデル。世界的には販売は好調だったが、国内ではフィットの影響か低迷した。

リアウインドに張られた購入店ホンダクリオ福島の
ステッカー。
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京谷さんとシビック。南相馬市の自宅とそのガレージの前で。