若山泰生さんの携帯電話に掛けたら、呼び出し音が間延びしていていた。海外だ。
 悪いからメールに切り換えようとしたら、いつもの感じですぐに出た。ノルウェーに出張中。若山さんが経営している会社が今年からノルウェーの
「NORRONA」(ノローナ)というアウトドアウェアと用品を輸入販売し始めたから、そこへでも行っていたのだろう。 他にも、スウェーデンの
「HOUDINI」(フーディニ)やスイスの「ODLO」(オドゥロ)など、まだ日本ではあまり知られていないけど海外では有名というブランドを“発見”してくるのが得意で、過去にもそれでブレイクしたことが
ある。
 日産リーフが発売された時に電気自動車の輝かしい未来に興奮しながら注文していたが、航続距離のカタログ値とのあまりの違いに戸惑っていた。自宅とオフィスとの往復では充電せずに帰宅できるが、途中で外出したら充電は必須だった。途中のサービスエリアなどでは並んで待たされることも多くなり、ディーラーに下取りを申し出ると、国からの補助金分が違約金として96万円の支払いを求められた。携帯電話のように、6年間は乗らなければならない“シバリ”が発生するからだ。
 輝かしい未来は頓挫し、リーフは奥さんが自宅周辺だけで乗っている。
「だから、ランクルを手放さないで良かったんです
よ」
 若山さんは、またランドクルーザーに乗るようになった。

週刊・金子浩久 第6号 10年10万kmストーリーアーカイブ6回
(2012年11月7日発行)



「10年10万kmストーリー」アーカイブ6

朝陽で目覚め、すぐに行動開始

若山泰生さんとトヨタ・ランドクルーザー(1987年型)
7年
11万6000km
写真・三東サイ

●レカロシートで快適

 細く曲がりくねった鎌倉の住宅地の路地を、若山泰生さん(41歳)は7年11万6000km乗り続けているトヨタ・ランドクルーザーでスイスイと抜けていく。助手席に乗っていると、家の軒先や塀、対向車などにブツからないかヒヤヒヤさせられるが、本人はいたって平気なようだ。
「大きい割りに見通しがいいし、スゴく運転しやすいですよ」
 と言われても、5ナンバーサイズがギリギリにしか通らないように見える駐車場の入り口にも、切り返さずに入っていった。大したモンだ。
 若山さんは、街道沿いの中古車屋で89万円で買ったこのランクルに乗り続ける間で、さまざまなモディファイを施している。そのうちのひとつが、運転席と助手席のレカロシートだ。
「60系」と呼ばれるこの型のランクルはヘビーデューティなメカニズムを採用して
いて、フロントサスペンションはリーフスプリングを用いた非独立式だ。
悪路踏破力を最優先した設計だから、乗員の快適性などは二の次に考えられている。
 だから、ランクルや同時代のオフロード4輪駆動車では、ちょっとした路面の凹凸やクルマの挙動に応じて、タイヤとサスペンションの上下動が何倍にも増幅されたかのように車内が激しく揺すられる。運転しているドライバーは動きが予期できるからまだいいが、助手席はたまらない。
 しかし、若山さんのランクルの助手席では違う。揺すられはしているのだが、レカロシートがショックを吸収し、ホールドしてくれるから、身体があまり動かないのだ。クルマは動いているのに、自分は動かない。クルマとの一体感さえ、生じてくる。とても新鮮な感覚だ。はじめに運転席側に付けたものを助手席に移し、新しいものを運転席に取り付けた。
 他にも、容量の大きなダンパーに交換し、最低地上高を2インチ上げてある。ハンドルはモモ製に代え、ヘッドライトを明るいものに。

●本田宗一郎の教え

「クルマには、あまり詳しくありません。川崎の“乗り物屋”さんという工場に面倒を見てもらっています」
 ヨーロッパからアウトドアスポーツ用品を輸入し、各地でショップや飲食店を経営する会社の社長として若山さんは東奔西走している。ランクルは、仕事のための足だ。
「日常的に乗るクルマは、“道具”です。ブツけても気にならない100万円ぐらいの中古車を、洗ったり磨いたりしないで乗りたい。でも、命を預けるクルマだから、ちゃんと使いたい」
 レカロシートやダンパーなどは、“ちゃんと使う”ためのものだ。“ちゃんと使う”ための、クルマに対する考え方が面白い。
「修理や整備代は、(クルマを使うために必要な総費用を)あとから分割払いにしているようなものです」
 2007年5月に、大規模な整備を施した。メーターの針が振り切れるところまで水温が上がったり、エアコンの不調が続いたりしていたからだ。
「“調子の悪いところ、いずれ悪くなりそうなところは全部やって下さい”って頼みました」
 本当は新品の「3F」型エンジンに載せ換えたかったのだが、すでに在庫が途切れていたので、2ヶ月掛けてパーツから組み上げてもらった。サスペンションや駆動系統も、オーバーホール。総額約300万円掛かったが、見積もり金額を見ても、躊躇はなかっ
た。古いクルマに施した大整備なのに、トヨタの保証が1年間付いたのにも驚いた。
 購入以来、年に一度(1ナンバー登録)の車検でも、整備工場に全幅の信頼を置いて任せている。
「“10万円以上掛かる時だけ、事前に連絡下さい”って言ってあって、それ以下の金額の整備や修理は、どんどんやっちゃってもらっています」
 クルマは好きで、興味と関心も大アリなのだが、コンディションの維持に関しては潔いくらいに任せ切っている。
「本田宗一郎の本に書いてあったことを実践しているんですよ。“本や取扱説明書は、自分で読む必要はない。わからないことがあったら、詳しい人に教えてもらえばいいんだ”って。だから、僕も、クルマのメカや整備について詳しくなろうとは考えていません」
 クルマは道具であるから、詳しくなる必要はないという若山さん流の割り切りだ。でも、割り切ってはいても、好みや自分なりの方向性ははっきりと持っている。
「道具プラスアルファでしょうね。“他人と同じ”はイヤだし、“当たり前”とか、“ふつう”じゃ、つまらない。“変わっている”と言われると、うれしいくらい」
 オーバーホールし、ちょくちょく細かなメインテナンスも要するくらいならば、いっそのこと新車を買えばいいじゃないか、という論理は通用しない。プラスアルファがあるからだ。

●真冬の八方尾根でも……

 出張先は、自然の中にあることが少なくない。よくランクルに泊まってしまう。取引先や従業員などが心配して、ホテルを勧めてくれたり、自宅に招んでくれたりするのではないか。
「車中泊が好きなんです。みんな、もうよくわかってくれていますよ。前も、会社のハイエースで、よく泊まっていましたから。ハハハハハハ」
 真冬の八方尾根でも、駐車場に停めたランクルのリアシートをフラットに畳み、ダウンのスリーピングバッグにもぐり込んで朝まで眠ってしまう。
「朝陽の明るさで目覚め、ドアを開けて外気に当たってすぐに動き始めるのがいいんです」
 車中泊ができるくらいだから、ランクルの車内空間は広く、見るからに居住性がよさそうだ。
「このクルマを誰かに運転してもらって、僕を迎えに来てもらう時なんかに走って来る姿を見ると、“カッコいいナ”って思っちゃいます」
 ブレーキの効きの悪さは改めることができていないが、車間距離を取ることを心掛けている。ガソリン残量メーターが付いていないので、首都高速横羽線でガス欠で停まったりした。
「買って6年ぐらい経つと、不満も不満ではなくなりました」
 レカロシートや300万円大整備などをはじめとするモディファイが功を奏したからだろう。
「エリシオンに乗った後で、このクルマに乗っても、不満がブリ返すことにはならないですね」
 家族用のホンダ・エリシオンはラクだが、もの足りない。マニュアルトランスミッションを駆使して操るランクルの楽しさの方が勝っている。エンジン音で判断して、変速タイミングには気を遣うようにしている。助手席から見ていると、ランクルは若山さんの身体の一部と化しているようだ。
「壊れたら、どうしよう。停まらないか、心配だ」
 古いクルマに長く乗り続けると聞いただけで過剰に心配する人が、最近は増えた。若山さんには、そんな素振りはまったくない。心配するより先に、実際に停まっちゃっているし。でも、それでひ弱になって乗り換えないところに、若山さんの柔軟で力強いクルマとの付き合い方が現れている。近付きすぎず、かといって遠避けすぎず、自分の価値観で乗っている。スポーツカーにも乗ってみたいと言っているが、この分だと、
当分、ランクルに乗り続けるのではないか。

 

『NAVI』誌2009年8月号より転載

いまは無き『NAVI』誌で、1990年3月号から2010年2月号まで、二度にわたって長期連載していた
「10年10万kmストーリー」は4冊の単行本にまとめられている。
しかし、まだ収められていないストーリーがたくさんあり、切り抜きを収めたスクラップブックを
ときどき引っ繰り返してはパラパラやっていると、その後のみなさんの様子が気になってくる。
変わらず元気に過ごしているのか?
まだ乗り続けているのか?
それとも、他のクルマに乗り換えてしまったのか?
ホイールもタイヤもサスペンションも取り代えてある。
19万7000kmあまりを示しているメーター。
ボディカラーのせいもあって、シブマッチョな雰囲気。

●トヨタ・ランドクルーザーとは?
 日本を代表するオフロード4輪駆動車。1954年から作り続けられ、その悪路走破力と耐久性の高さは、世界のあらゆる地域で非常に高い評価を受けている。多くのバリエーションが存在し、その中には、輸出専用のモデルもあり、最新型はレンジローバーばりの豪華高級路線にシフトしつつあるが、その価値に一点の曇りもない。アフリカ、中東、アジア、オセアニア、ロシアなどでは信仰的とも言える信頼が寄せられている。
 若山さんのランクルは、1980年から89年まで生産されていた60系の中でも、4ドアボディに「3F」型4リッター6気筒ガソリンエンジンを搭載し、丸形2灯ヘッドライト、フラットルーフ、観音開きバックドアという組み合わせの人気モデル。なお、「ランドクルーザー」という車名は、トヨタ車の中でクラウンよりも長い歴史を有している。

快適な乗り心地をもたらしてくれているレカロシート。
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車中泊や雪山での道具が一式積み込まれたトランク。

 

若大将か裕次郎かという格好だが、今はずいぶん違います。