大瀧安広さんにメールを差し上げると、「再掲載は急ぎますか?」と返信が来た。もうじきタイヤをオリジナルサイズに戻すので、せっかくだからその画像を撮って送りたいという要望だった。
 次に来たメールには、以下のように記してあった。
「先日、クルマ屋さんの勧め(車齢)もありタイヤサイズをオリジナル(135/80/13)に替えました。 車を購入してから3〜4年位はオリジナル(135/82/13)で乗っていましたがその後165/65/13を2回ほど履き、その後はずーっと155/70/13で過ごしておりました。 今回オリジナルに戻し、たかが2p、されど2p、やはり細い!!
 フロントはともかくリアがかなり細く見えます(まあ慣れるでしょうが)。
 取材して頂いたかなり前より、特に高速走行後の渋滞等でパーコレーションが顕著だったのですが、その頃はそれをやり過ごし、空ぶかしを加えていれば元に戻っていたのですが、ここ数年、ほんの少しエンジンが熱くなっただけでパーコレーションが酷く出て、それはもうロデオ状態になってました。
 特に今年になってからはどんどん悪化し、4月の車検の際2か月程預けて様子をみてもらい、クルマを引き取った帰り道、人生初の三角表示灯&レッカーのお世話になりクルマ屋へUターン。
 預けている間はそこまで酷い状態はなかったそうで、その後電磁ポンプを装着。
 今は健康体を取り戻しています(と信じたい)。 車検の度に“どこまでやりますか?”と聞かれますが、ここがヒジョーに難しい所に来ていると思います。
 来年で30年になりますが、僕と共に老いてるため、僕にとっては乗り心地、加速、ギアシフト等全く変わらないのですが・・・。
 まあ前述のパーコレーションでかなり乗る頻度を少なくしていましたが、これからはもう少し頻繁に付き合っていきたいと思っております」
 スニーカーの数は、あれから増えているのだろうか?

週刊・金子浩久 第10号 10年10万kmストーリーアーカイブ9回
(2012年12月16日発行)


「10年10万kmストーリー」アーカイブ9

200足と1台

大瀧安宏さんとアウトビアンキA112アバルト(1983年型)
25年
7万km

写真・三東サイ

 世界の自動車を網羅した年鑑が日本で発行されなくなって、ずいぶん経つ。かつてはニ玄社だけに限らず、朝日新聞社やモーターマガジン社などからも発行されていたのに、いまではみんな止めてしまった。
 アウトビアンキA112アバルトを25年間で7万キロ乗り続けている大瀧安宏さん(49歳)も、中学生の頃からそうした年鑑を楽しみにしていたひとりだ。
「毎年、学年末試験が終わる頃に出ていたモーターマガジン社の『世界の自動車』を見て、初めてこのクルマを知りました。まとまったカタチが気に入って、好きになりました」
 大学に入学し、1979年の春休みに、大瀧さんはヨーロッパを旅行する。ミュンヘンの知人宅をベースにあちこち回りながら、開催中だったジュネーブ自動車ショーを見学に出掛けた。
「いろんなクルマを見ることができましたが、強く印象に残ったのがA112アバルトとランチア・ベータHPEでした。ベータHPEも魅力的でしたが、現実的に自分が手に入れることができそうなのは、もちろんA112でしたから」
 クルマも好きだったが、ファッションにも自分の好みを強く持っていて、スニーカーやジーンズを通して外国への憧れを具現化していた。この旅では、“本場の”アディダスを20足も買ってきた。
 帰国後、東京杉並の自宅近くのホーク総業という業者がA112アバルトを輸入し始め、すぐに見に行った。
「でも、200数十万円という価格は、学生には非現実的でした」
 しかし、スポーツ用品販売会社に就職してすぐに、JAXが189万円という価格で売り始めた。
「新人サラリーマンに、数十万円の違いって大きいですよね。グッと自分の中で現実味を帯びてきて、尾山台まで買いにいきました」
 A112アバルトを購入すると、夢中になっていたウインドサーフィンを屋根に積んで、毎週末、湘南海岸や富士五湖に通った。当時のマストは二分割できないから、ボディから前後に長くはみ出してしまう。鎌倉の交番の前で警官に停められ、はみ出し部分がボディ全長の10パーセントを超えていたために、違反切符を切られ、5000円の反則金を支払った。
 早朝に杉並の家を出て、湘南の場合には午前9時に開く駐車場の前に並び、車内で仮眠を取るというパターンが続いた。しかし、風と波が良くなければ、一本も乗らないで帰ってきてしまうこともしばしばあった。「“そんなのレジャーじゃない”って納得できなくなってきたんですね」
 大瀧さんも奥さんも、都内の会社に勤めていたが、意を決して、湘南に引っ越してきた。通勤に1時間30分掛かることになるが、ふたりの共通の趣味を優先することにしたのだ。
「こっちに引っ越してきてからは、ボードに乗る本数は、むしろ減っています。風と波がいい時だけ、歩いて出掛けていけばいいですから」
 最初に住んだ江ノ島に来た95年に、A112アバルトの距離計は5万キロを刻んでいた。最近、7万キロを超えたばかりだから、クルマの距離も伸びていない。途中、アルファロメオ164Q4を買い足し、新車から4年間で2万5000キロ乗ったことを差し引いても、あまりクルマに乗らなくなってしまった。
「この辺は駅にも近く、毎日クルマに乗らなくても困らないですからね」
 大瀧さんは、A112に乗り続けている理由を、“使い切れる性能”にあるという。
「3速で、4000から5000回転ぐらい回して走っている時が、一番楽しい。野太いエンジン音、クイックかつダイレクトな運転感覚。実感がある。クルマだけで走っているのではなくて、“自分の仕事”ができる。ドライバーの役割をこなせるんですね。164Q4の本当にいいところは、120km/h以上じゃないとなかなか味わえないですから」
 数年前にも、アウディのキャンペーンに当選して、S4を2週間預かって試乗したことがあった。
「トルクが太くてフラットだから、6速マニュアルのギアが何速に入っていても関係なく加速していくのがツマらなかった」
 A112アバルトはヒドいトラブルに悩まされることもなく、走り続けている。ラジエーターホースからの水漏れや、シフトリンケージに付属するプラスチック部品が破損してギアが入らなくなったことぐらいだ。どちらも、自分で応急措置を施して、JAXへ持ち込んだ。
「あの頃のJAXは、店全体がアットホームな雰囲気で良かった。突発的なトラブルで持ち込んでも、すぐに直してくれたし、待っている間に、デモカーを試乗し放題。フィアット・リトモ130TCのエンジンのトルク感とトルクステアには驚かされました。同じように、125TCやレガータ、パンダなんかにも乗せてもらいました」
 試乗しにディーラーに赴くことが、最近減ってきた。
「でも、グランデプント・アバルトには興味ありますね。NAVIに載っていたSSが気になる。運転したら、面白そうじゃないですか」
 とは言っても、A112アバルトには乗り続けるつもりだ。電気系やエキゾースト系が気になるところだ。ここ数年は、25〜26万円を費やして車検を通している。
「これ以上、費用が掛かるようならば、乗り換えを考えますけど、僕たちの暮らしぶりに合っていますから、換える必要を全く感じません」
 奥さんとペルという名前の猫と暮らす大瀧さんは、好きなものに囲まれて生活している。無理をしている感じがなく、正直なところがうかがえる。
「クルマだけじゃなくって、“モノ所有欲”が強いんですね。だから、スニーカーも捨てられないんです」
 西ドイツでアディダスを20足買う前から履いていたすべてのスニーカー約200足を、大瀧さんは持っている。いつでもすぐに履けるように棚に収めてあり、ソールの発砲ウレタンが化学変化を起こしてポロポロと落ちてくるようになったものまで、きちんと箱に保存してある。A112アバルトのドライバーズシートからも、スニーカーのように硬化した発砲ウレタンが粉になってシートの中から床に落ち始めている辺りは、ちょっと心配だ。
 アバルトのロゴが大きくプリントされたTシャツや作り掛けのA112アバルトのプラモデルまでも、大事に取っておいてある。
 A112アバルトは、大瀧さんにとって生涯2台目のクルマだ。さすがに、最初に乗った初代ホンダ・シビックはもう持っていないが、クルマに求めるものは変わらない。昔のものばかりなのに古臭く感じないのは、笑顔だけでなく、大瀧さんと奥さんにはずっと好みを貫き通してきている清々しさが漂っているからだろう。

 

『NAVI』誌2008年3月号より転載

いまは無き『NAVI』誌で、1990年3月号から2010年2月号まで、二度にわたって長期連載していた
「10年10万kmストーリー」は4冊の単行本にまとめられている。
しかし、まだ収められていないストーリーがたくさんあり、切り抜きを収めたスクラップブックを
ときどき引っ繰り返してはパラパラやっていると、その後のみなさんの様子が気になってくる。
変わらず元気に過ごしているのか?
まだ乗り続けているのか?
それとも、他のクルマに乗り換えてしまったのか?
小さなクルマだが、シートは立派。
かつて乗っていたシビックやアルファロメオ164Q4と撮った写真。
大瀧さんも若いし、ファッションが時代を物語っている
“立った”フロントウインドウとあまり前傾していないフロントフェンダー

●A112アバルトとは?
 消滅してしまったアウトビアンキ社から1969年に発売された小型車A112の高性能版。アバルトは71年に発表され、スポーツ/レーシングコンストラクター「アバルト」の名前が冠されたのは、両社の共同生産計画が存在していたためだ。横置きした1・1リッター4気筒エンジンによって前輪を駆動する。アバルトのブランドネームと、独自のグリルと黒塗りボンネット、2本出しマフラー、ステアリングホイール、シートなどの演出によって、スタンダードのA112とは異なった雰囲気を醸し出すことに成功している。大瀧さんのように、そのスポーティな運転感覚とルックスに魅せられたファンは、当時は多かった。

特徴的なステアリングホイールのスポークのカタチ。この頃のイタリア車には、家電や文具などに通じるデザインのものが少なくなかった。
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誇らし気にエンジンフードに貼られている最高出力のエンブレム。
インサイト2
ピョコッと突き出たお尻がA112の特徴だ。
最近のインサイト
組み立て途中のプラモデル。
アバルトのTシャツも大事に取ってある
整然と玄関の棚に並べられたスニーカー。
200足だから他にもある。
最近、タイヤをオリジナルサイズに戻した。
オリジナルに戻したら、2センチほど奥に
引っ込んだ。
扁平率も80%だから、とても“高く”見える。

 

お気に入りのニューバランスを履いて