田中英一さんに5年半ぶりに連絡したのはFacebookのメッセージを使ってだった。「お知り合いでは?」と促され、友達になっていたのだ。
 さっそくヴォイジャーのことを訊ねると、2007年3月の取材の1年3カ月後に残念ながら廃車されてしまっていた。
「ボイジャーは16万キロを越えるまで頑張ったのですが、エアコンが壊れ、2008年6月に廃車となりました。犬が暑さに弱いので、もう限界だと考え、2007年の11月頃にプリウスを購入しました。プリウスを購入したのもムーンアイズの菅沼社長にいつも燃費の悪い車ばっかり乗ってるんだから、足車くらいは燃費の良い車にしなよと言われ、プリウスにしたんですが、そのプリウスも先月二度目の車検で、9万4千キロを越えました。(笑)」
 インターネットが発達したおかげで、メールやFacebook、twitter、最近ではLINEなどのSNSなどによって以前に取材させていただいた人に近況を訊ねやすくなったのはとても助かる。
 田中さんはご自身の自動車生活ともに格闘技選手へのサポートとその交流ぶりをFacebookに頻繁に更新してくれるので覗かせてもらうのが楽しみだ。

週刊・金子浩久 第11号 10年10万kmストーリーアーカイブ10回
(2012年12月24日発行)

立派な体格だが、丸みを帯びたカタチで優しく見える。



「10年10万kmストーリー」アーカイブ10

アメ車好きの赤ヒゲ先生

田中英一さんとクライスラー・グランドボイジャーLE(1998年型)
9年
15万km
写真・三東サイ

 ミニバンを購入する動機のほとんどは子供によるものだ。
 子供と一緒に遠出をしたり、アウトドアスポーツを楽しむのにミニバンの広い車内はなにかと便利だし、都合が良い。
 神奈川県で歯科医院を開いている田中英一さん(43歳)も、クライスラー・グランドボイジャーLEを購入したキッカケは、やはりふたりの息子たちにあった。それまでフォルクスワーゲン・ゴルフワゴンに乗っていた。
「ケンカばっかりしていた息子たちを引き離すのに、セパレートシートが好都合でした」 グランドボイジャーの2列目シートは、左右シートが独立し、間が通路となっている。キャプテンシートとも呼ばれるタイプだ。
「ゴルフワゴンでは、“シートのこの線からこっちへ来るな”とかって、息子たちはよくモメていましたから。ハハハハハハッ」
 自我が芽生え始めた小学生は、学校の机などでも自分の領域を主張し始める。誰にでも憶えがあるだろう。
 元気な息子たちはサッカーで活躍し、全国中学校サッカー大会に出場した。四国の松山で開催された大会には、グランドボイジャーで家族で応援に出掛けた。
「妻の実家の大阪にも、犬を乗せて、このクルマでよく行っていました。ゴルフワゴンと違って、長距離がとても楽なんですよ」
 キャプテンシート、室内空間の広さ、左右スライドドアなどと併せて、リアシートにもエアコンの吹き出し口があり、グランドボイジャーを選んだ理由だという。でも、他に何か違うクルマと比較検討していたというわけではない。
 アメリカのクルマが好きなのだろうか?
「アメリカのクルマは好きですよ。GT350を10年間持っていましたけど、開業資金のために手放しちゃいました」
 田中さんはサラッと口にしたが、1966年型シェルビーGT350とは相当にマニアックなクルマである。フォード・マスタングのボディにSCCAプロダクションレース用エンジンと足回りを組み込んだロードゴーイングレースバージョンだ。
「ワトキンズグレン・サーキットで行われたシェルビー・アメリカンのイベントを観に行った時に、キャロル・シェルビーが運転するGT350Rの助手席に乗せてもらったこともありますよ」
 またまた、スゴいことをサラッと口にする。アメリカ留学中には、勉学の傍ら、各地のトイショーなどを訪れ、ミニカーを買い漁ったりした。それを元に、開業前に日本でミニカーショップを3年間経営していたというユニークな経歴も田中さんは持っている。
 所英男選手をはじめとする格闘技パンクラスの選手たちをよく連れて行くというレストランのハンバーグを頬張りながら、田中さんのクルマ遍歴をうかがう。格闘技選手たちは、田中さんのところに試合用のマウスピースを作りに来ている。
 ホンダS600から日産フェアレディ(SR311)に行き、アバルト695SSなんて珍しいものに乗っていたこともある。わざわざ左ハンドルの日産ブルーバード(510)・2ドアセダンを手に入れて、リアシートなどを取り外し、白と赤に青の2本ストライプのBREカラーに塗り直して、筑波やもてぎなどのサーキットに走りに行ったりしている。
 BREとは、Brock Racing Enterpriseの頭文字で、Brockとはアメリカ人レーシングドライバーのピート・ブロックのことだ。第4回日本グランプリに日野サムライというプロトタイプでエントリーしたが、些細な車両レギュレーション違反を問われて決勝に進出できなかったことで有名だ。
「510ブルーバードが好きなんじゃなくて、BREが好きなんです。ゴーイチマルじゃなくて、ファイブテンなんです。ハハハハハハッ」
 そんなアメリカ好き、アメリカ車好きの田中さんが選んだグランドボイジャーは、医院への横浜の自宅からの通勤や帰省、キャンプ、子供のサッカーなどに用いられている。
 猫っ可愛がられたりせず、実用的に使い込まれているから、相応の経年変化も認められる。それでも、助手席の乗り心地はとても快適で、これならば田中さんの言う通り、長距離走行は楽に違いない。ギスギス、セコセコせずに、空間の取り方に余裕があり、路面からの動きのいなし方にもヨーロッパ車とは違う鷹揚さが感じられる。
「大きなトラブルは、発生していません」
 思い出してもらうと、6万キロ時にギアがローのまま走り続け、シフトアップしない症状が起こったが、クレーム処理で直った。また、2年前にラジエーターから水漏れが起こり、約7万円を支払って交換した。最近では、アイドリング不整とエンジンオイルの滲みが起きている。
「壊れないクルマで助かりましたよ」
 気に入って乗り続けているわけだが、買い替えられるのなら買い替えたいそうだ。
「儲かっていたら、新しいボイジャーに買い替えていますよ」
 繁盛しているように見えるのだが……。
「僕が考える理想の歯科医師像と現実には隔たりがあって、なかなか儲かるようにはならないんですよ」
 田中さんは優しく苦笑するが、聞けば聞くほど歯科医院の経営は難しく厳しい。
「もともと、治療は好きじゃないんです。特に、患者が痛がる治療は、やっている方もイヤじゃないですか」
 でも、歯を治療しない歯医者なんて矛盾している。
「理想は、歯を虫歯や外傷から守って、予防することなんですよ。人工的な治療を施した歯というのは、養分も行き届かず、いずれは壊れていきます。格闘技や他のスポーツ選手のためにマウスピースを作っているのも、歯を外傷から守るという予防治療の一環です」
 でも、予防だけ行っていたら、今の日本の医療制度ではお金ならない。
「歯を削って、何か詰めないことには経営が成り立たないような構造にあるんです」
 クルマが故障したり、消耗したりしないと自動車工場の仕事が発生しなくなるのと同じことだ。
「経営は厳しくなりますけれど、ウチでは予防治療に力を入れています」
 小児歯科ではないのだが、“歯磨き道場”と題して子供たちに歯磨きの重要性を教え、スポーツ選手のためにマウスピースを作っている。どちらも予防治療だ。楽しく競わせながら正しい歯磨きの習慣を身に付かせるために、子供たちの顔写真が診察室に張り出され、パンクラスのポスターも張られている。みんな朗らかな顔をしている。
 田中さんはグランドボイジャーにもう少し乗り続けなければならないのかもしれないが、ここに写っている患者と選手たちのにこやかな笑顔を励みにしているのだろう。

『NAVI』誌2007年6月号より転載

いまは無き『NAVI』誌で、1990年3月号から2010年2月号まで、二度にわたって長期連載していた
「10年10万kmストーリー」は4冊の単行本にまとめられている。
しかし、まだ収められていないストーリーがたくさんあり、切り抜きを収めたスクラップブックを
ときどき引っ繰り返してはパラパラやっていると、その後のみなさんの様子が気になってくる。
変わらず元気に過ごしているのか?
まだ乗り続けているのか?
それとも、他のクルマに乗り換えてしまったのか?
左右スライドドアは大勢での乗り降りに便利。
たっぷりとしたサイズの運転席シート。
田中さんの作るマウスピースが取り上げられた記事が壁に。
格闘技選手用のマウスピース。

●グランドボイジャーとは?
 1983年に初代がデビューしたクライスラーのミニバン「ボイジャー」の全長とホイールベースを延ばしたもの。アメリカでは、「プリムス・ボイジャー」と「ダッジ・キャラバン」と呼ばれる。田中さんのLEは前輪駆動だが、4輪駆動版も存在する。もともと、クライスラーはフルサイズバンの「ダッジ・ラムバン」をヒットさせていたが、ひと回り小さなミニバンを乗用車ベースで開発した。それが、ボイジャーだ。前輪駆動サルーンのプラットフォームを用いることで、快適性と走行安定性に優れていた。1992年からは、シュタイヤー・プフ社(クライスラー買収に手を挙げている、現在のマグナ・インターナショナル社!)のオーストリア工場で生産されるようにもなり、ヨーロッパでもよく見掛ける。

2列目は左右独立したキャプテンシート。
シンプルで機能的なメーター。
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子供の患者を和ませるために待合室には各種のフィギュアやチョロQなどがたくさん置かれている。
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田中英一さんと愛犬とヴォイジャー。