久しぶりに酒井達彦さんにメールを差し上げると、長文の返信が来た。酒井さんは、取材時にランチア・デルタインテグラーレのエヴォ2に12年13万6000km、それもお父上と一緒に乗られていた。
 ご自身とお父上とインテグラーレのその後の様子が丁寧な文章によって画像付きで綴られていたので、ここに引用させていただきたい。

「お会いしてから、4年半位たちましたが、走行距離は1万キロ増えたくらいです。それまで、年に1万キロ以上乗っていたことを考えると(ペースは)1/5くらいになってしまいました。
 父親は大病を患い手術をしたことと、今年77才になったこともあり、以前車を乗る最大の口実のゴルフも1年前くらいから止めてしまいました。
 私も、2010年4月からタイのバンコクに二度目の駐在となり、結局ここ二年はほとんど動かしていない状態となりました。
 実質車がなくても生活にはふたりとも、全く支障はないのですが、やはりこのデルタを手放すのはお互いになにか物寂しいものもあり、以前から面倒見てもらっている埼玉のB‘s GRAGEさんがこの乗らない状態を知った上で、年に二回調子を見てもらっています。
 先日も帰ってデルタに火を入れましたが、さほどムズガルことも無くエンジンはかかりました。ただ、オイルが上がっていたのか、かかった瞬間に2サイクルエンジンのように一瞬モウモウと白煙出したのには少し驚きましたが。
 近場をぐるりと回って感じたのは、移動具としては現在バンコクで社用車で使っている、カローラアルティス1.8L ATの足下にも及ばない位、すべてがクラシックになってしまったということです。
 ボディもきしむし、クラッチやミッション、ハンドルすべてが重く前時代的な感じでした。
しかしながら、ハンドリングやエンジンの抜けなど官能に訴える部分、走ることや操ることの楽しみは、カローラではまったく味わえないもので、古い表現ですがまさに血湧き肉踊るといった感覚を数分で引き出してくれました。
 今年の欧州の自動車ショーでも、欧州メーカーはこの厳しい時期でもスポーツカーや、スポーツ仕様のバリエーションを沢山紹介しています。モーターサイクルも現在欧米共に大変厳しい市場環境です。でも私はデルタに乗る度に、時代がどんなに変わっていってもやはり走る楽しみを無くしてはいけないのではないかと、自問自答しています」
 海外駐在中だけれども、日本に置いてきたインテグラーレへの酒井さんの想いが伝わってくる。

「添付の写真は、当日取材の時に止めていた場所で撮影しました。遠目では綺麗に見えるのですが、近づくとルーフの写真のように、塗装は前回のレストアから5年ですが、またもクリアーが剥離してかなり悲惨な状態です。中身(エンジンや足回り)は普通に乗るには何ら支障がないコンディションですが
外装に関しては青空保管ということもあり、かなり厳しい感じです。
 B's GARAGEさんからも、塗装についてはかなり本格的にレストアしないといけないとうかがっています。中身といえば、今年B's GARAGEさんへ夏前に親父が持っていった際、特に夏は暑くて乗る気がしないと話した所、出入りしている他のデルタ乗りの方が自前でカーエアコン関係の会社にデルタ用の
エアコンパーツをワンオフしたらしく、かなり涼しくなったという話を聞き、そのデルタのオーナーさんがB's GARAGEに、他のデルタ乗りの人にもそのパーツを紹介しても良いと言ってくれたこともあり、取り付けてもらいました。
 家庭用エアコン一台分くらいの費用がかかりましたが、真夏日でも十分涼しい風が出るようになりました。(とはいえ、国産車のように車内が寒くできる程は効きませんが)
 いま私の手の届く範囲に、残念ながら魅力的な車が見当たりません。メガーヌ・ルノースポルトトロフィーか、先のパリショーで出ていたアバルト695フォリセリエくらいでしょうか。駐在がいつまでかまだ分かりませんが、なんとかデルタを維持してもう一度綺麗にレストアして箱根を駆け抜けたいなどと思っています。20万キロは無理かもしれませんが、20年はなんとかたどり着きたいと思っているこの頃です」
 費用は嵩んでしまうが、面倒見のいい工場を知っている。駐在しながらでもコンディションを元に戻しながら、お父上を助手席に乗せて箱根で思う存分に走れる日が来るといい。僕もそれを願っている。

週刊・金子浩久 第12号 10年10万kmストーリーアーカイブ11回
(2013年1月12日発行)




「10年10万kmストーリー」アーカイブ11

洗い張りされた赤いちゃんちゃんこ

酒井達彦さんとランチア・デルタ・HFインテグラーレ・エヴォルツィオーネ2(1995年型)
12年
15万km
写真・三東サイ

 歳は取っても、身体も心も柔軟でありたい。年齢じゃない。精神のありようや、姿勢の問題なんじゃないか。そんな僕の想いを実証しているような人に会った。
 73歳の酒井達也さんは、ランチア・デルタ・インテグラーレ・エヴォルツィオーネ2に、もう12年間で13万6000km以上も乗り続けている。デルタは新車で購入し、息子の達彦さん(43歳)と共同で使用している。ふだんは、達也さんが買い物やゴルフに使い、達彦さんは休日に仲間とツーリングに出掛けたりする楽しみ専門に乗っている。
 ふたりがデルタの実車を初めて見たのが1995年の春。国道16号線沿いの「アレーゼ」に陳列されていた。達彦さんは、デルタのことをよく知っていたが、達也さんは知らなかった。6年12万キロ乗った日産スカイラインGTS4を、ちょうど買い替えようかと相談していた。
「還暦を迎えてクルマを買い替えるのもいいかなって思いましてね。色も赤だし、ちゃんちゃんこみたいでいいじゃないですか」
 話し方に勢いがあって、リズムとテンポが生き生きしている。達也さんは、とても73歳には見えない。
 当時、60歳で勤めていた会社を定年退職するところに、世界展開している外資系企業から、日本支社を設立し、代表を務めてくれないかとオファーを受けていた。
「同級生からは、“止めとけ、止めとけ。60歳にもなって、新しい仕事でもないだろう。余生を楽しんだらどうだ”って、今の会社に勤めることを反対されましたけど、私は反対にヤル気になりましてね」
 そのついでというわけでもないのだろうが、デルタを購入することに達也さんは反対しなかった。
「父はクルマにあまり詳しくないので、ランチアといっても“イタリアのベンツ”ぐらいにしか思っておらず、その後にどれだけ手が掛かるようになるかなんて想像もしていなかったから、買ったようなものなのかもしれませんね。ハハハハハハッ」
 達也さんも、一緒に笑っている。
 達彦さんはGKダイナミクスに勤め、ヤマハの2輪車デザインに携わっている。
 職業柄、達彦さんは2輪と4輪の違いをいつも意識している。
「2輪はレースと近いけど、4輪はそれほどでもないんですね。2輪にはレーサーレプリカがありましたけど、4輪はそれほど近いわけではありません」
 だが、グループBマシンで競われていたWRC(世界ラリー選手権)がグループAに変更になったことで、デルタの出番が来た。ランチアは、グループBの「デルタS4」ではヘンリ・トイボネンを失い、チャンピオンシップも逃した。
「デルタは本来、(ジョルジェット・)ジウジアーロのキレイなフォルムの2ボックスカーでしたけど、インテグラーレは、ドーピングを受けたようなもんですよ。2輪のレーサーレプリカに通じるものがあります。そこが魅力であり、アキレス腱でもあります」
 酒井さん父子は、そんなデルタを10年10万キロ以上乗ることで、その魅力とアキレス腱を身にしみて体験していった。
「カタチがフンバタガッテいる。蟹みたいなカタチなので、安定感があるんです」
“フンバタガッテいる”とは、達也さん流の表現だが、運転しているところが想像できるではないか。
「妻の実家に行く時に、中央高速を茅野で降り、杖付峠を越えて伊那谷へ抜ける峠道を通りますけど、よく走ってくれて楽なんですよ。スカイラインだとカーブでタイヤがキーキー鳴いていたのが、このクルマじゃ鳴きませんからね」
 依頼を受け、日本法人を設立し、取引先に赴く時にも、デルタをひとりで運転して行くことが多かった。
 ちょうど、“インテグラーレ人気”が盛り上がっていた頃だったから、クルマ好きの社員が駐車場に停められたデルタを取り囲んでいた、なんてこともよくあった。
 達彦さんは、非日常的でエンスージアスティックな乗り方をしている。
「バイク仲間と一緒にツーリングに行って、峠道でも同じペースで走れます」
 穴が開いたマフラーをANSA製に、グリルとヘッドライトもパーツを取り寄せて、ヨーロッパ仕様に作り直した。ルーフエンドのスポイラーのエクステンションも付け加えた。
 達彦さんの解説を聞きながら、デルタが生産されていた頃のことを自分なりに思い出してみる。デルタは、ラリーでの勝利を追い求めるため、インテグラーレを生み出し、どんどん先鋭化していっていた。
「“パーパスビルドされたクルマの美”なんですよ」
 デルタが、モデルチェンジすることなく、どんどん姿を変えていく様子には執念のようなものさえ漂っていた。
「自分も2輪に携わっているので、ランチアの意地がわかります。“作り手の意地”が確実に込められているところが、魅力でしょう。作り手の気持ちが入るモノを作らないと、と自覚させられます。ええ」
 大小のメカニカルトラブルには、事欠かない。先日も、新大宮バイパスでゴルフ帰りに電送系と思われるトラブルからエンストした。後続車が続々と迫り来る中、達也さんがハンドルを握り、奥さんが走行車線を押して進んでいたら、沿道の「ドンキホーテ」の店員が飛び出してきて、押すのを手伝ってくれた。
 信頼できるガレージに、早め早めにパーツを取り替えてもらうようにしているから、費用も掛かっている。
「確実に1000万円以上は遣っているはずです。気が滅入るから、修理履歴は見返さないようにしていますよ。ハハハハハハッ」
 それでも、さらに乗り続けるために、昨年、一大オーバーホールを施した。ボディ再塗装、シートのアルカンタラ表皮張り替え、エンジンオーバーホールだ。約150万円掛かった。達也さんには、バケットシートは乗り辛くはないのだろうか。
「このシートはいいですよ。スカイラインのシートなんか6年でくたびれて、仕舞いには乗ってても疲れちゃって」
 デルタに修理費用がかさんでいることは間違いないのだが、スカイラインはその手前の段階で痛みが激しかったというのが、父子の見解だ。
「4年目から急速に劣化してきましたね。反対に、デルタは手を入れれば確実にその分良くなるから、今でも運転していて本当に気持ちいいですよ」
 数年前、大きなトラブルが連続した時に、処分しようかと話が出たこともあった。オーバーホール後は調子がいいのと、ふたりの走行距離が減りつつあることでうまくバランスが取れているので、今は、ずっと乗り続けようと言っている。人間と同じように、クルマのリフレッシュも大いに効き目があるようだ。

『NAVI』誌2008年4月号より転載

いまは無き『NAVI』誌で、1990年3月号から2010年2月号まで、二度にわたって長期連載していた
「10年10万kmストーリー」は4冊の単行本にまとめられている。
しかし、まだ収められていないストーリーがたくさんあり、切り抜きを収めたスクラップブックを
ときどき引っ繰り返してはパラパラやっていると、その後のみなさんの様子が気になってくる。
変わらず元気に過ごしているのか?
まだ乗り続けているのか?
それとも、他のクルマに乗り換えてしまったのか?
エンジンフード裏側に貼られたインシュレーターは、熱の影響を受けて
ところどころ変形している。エンジンに空気をより多く採り入れるために、
達彦さんご自身でヘッドライトを小型化した。
アルカンタラが表皮に貼られたシートはスポーツシートなのに
エレガントな雰囲気を醸し出している。
積算走行距離は14万6975km。メーターのデザインはモダンで個性的。
だいぶくたびれてしまった屋根の塗装。

●デルタ・インテグラーレ・エヴォルツィオーネ2とは?
 1979年に発表されたデルタは、1.3および1.5リッター4気筒で前輪を駆動する小型車だった。87年からのWRCがグループAで争われることが決まり、86年に投入されたのが、テーマi.e用2リッターターボエンジンと4輪駆動を組み合わせた高性能デルタ「デルタHF 4WD」だった。WRCタイトルは獲得できたが、さらなる競争力強化のためにブリスターフェンダーを張り出し、ダクト類を多数開けたボディにパワーアップしたエンジンを搭載した「インテグラーレ」が発表された。その後、「同16V」、「同エヴォルツィオーネ」とエスカレートし、ランチアはWRCメイクスタイトル6連覇を成し遂げた。

達也さんが還暦の時に出掛けたドライブの写真。
アルバムのページには「還暦の赤いチャンチャンコ」と題されている。
ミニカーはモンテカルロラリー優勝車のもの。
達彦さんから送ってもらった最近の画像。
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酒井達也さんと達彦さん父子とエヴォ2