最近は、いすゞ・ピアッツァのようなクルマが少なくなっている。デザイナーが思う存分腕を振るい、インテリアもエクステリアに負けないくらい新しい造形を試みている。
 クルマは機械であるけれども、同時に“商品”でもある。優れた機械であるだけでは欲しくなるとは限らない。魅力がなければ欲しくはならない。ときどき街でピアッツァを見掛けると、そんなことを考える。
 相田祐次さんはピアッツァに惚れ、自分のクルマはピアッツァしか持ったことがない。15年10万5000km走行時に取材させてもらった記事を再掲載します。
 久しぶりにメールを差し上げたところピアッツァは快調に走り続けていたが、2012年にダッシュパネル、リヤエンドパネルの補修などを、いすゞテクニカルセンターで行った。
また、フロントフェンダーパネル左右の傷みを合わせて鈑金も実施。クランクシャフトのプーリも交換した。カーナビユニットも、イタルデザインを意識されたわけではないだろうが、カロッツェリアの1DINから2DINのものに交換した。
 相田さんは、「快調なピアッツァライフもディーラーの担当者さんのおかげです」と感謝し、2013年は秋に車検を予定している。

週刊・金子浩久 第15号 10年10万kmストーリーアーカイブ14回
(2013年4月11日発行)


「10年10万kmストーリー」アーカイブ14

クサビの世代

相田祐次さんといすゞピアッツァXEハンドリング・バイ・ロータス(1990年型)
15年
10万5000km
写真・三東サイ

●日本車らしくないデザイン  

ジョルジェット・ジウジアーロは、自らの膨大な作品群と半生を、今後どのように回想するのだろうか。
 現在は、息子のファブリツィオが跡を継いでいて、御大は、イベントなどに時おり顔を見せたりしている。数年前のジュネーブ自動車サロンで見掛けたときも、増えた白髪が年月を感じさせるものの、仕立てのいいダブルブレステッドのダークスーツをビシッと着こなした姿は、往年のいすゞピアッツァのカタログで、ピアッツァの傍らに立って映っていたのと変わらない。
 埼玉県川越市役所に勤務する相田祐次さん(48歳)は、往年のジウジアーロ作品に憧れ、15年前にピアッツァを手に入れてから、ずっと乗り続けている。
 ピアッツァを好きになったのは、やはり、そのカタチだった。ピアッツァが東京モーターショーで発表された1980年に、相田さんは21歳。自宅には、トヨタ・マーク2とホンダ・シビックがあった。 「日本車らしくないデザインをしていて、カッコ良かった。“いつか買いたい”と強く思いました。その頃に好きだったのは、フォルクスワーゲンの初代ゴルフやシロッコ。どちらも、ジウジアーロの作品であることは知っていました。ゴルフやシロッコは高くて、“買おう”なんて考えたことはありませんでした」
 相田さんの気持ちは、よくわかる。ゴルフやシロッコの価格は安いものではなかったが、無理すれば買える価格だ。だが、現在よりも輸入車に対する敷居が高く、心理的な抵抗感が大きかった。
 だから、同じジウジアーロの、ゴルフやシロッコと同じかそれ以上に魅力的なピアッツァは日本車なのだから、欲しくならないわけがない。相田さんより2歳年下の僕も、ピアッツァは大好きだった。ゴルフやシロッコにも憧れていた。ジウジアーロは、一種のカルチャーヒーローだった。
 ピニンファリーナやベルトーネは、たしかに偉大なデイトナやカウンタックをデザインした巨匠には間違いないが、言ってみれば旧世代の人。僕らの世代を代表するデザイナーはジウジアーロなのだ、という気持ちが強い。その点で、僕らよりも年下のスーパーカー・ブーム世代とは、また好みが微妙に異なる。

●ウエッジシェイプの影響力  

相田さんは、25歳の時に初めての自分のクルマとしてピアッツァ・ネロXE('83年型)を購入した。それを7年乗り、ピアッツァ・XEハンドリング・バイ・ロータスに買い替えた。
「いすゞのクルマはどれもモデルチェンジの間隔が長いので、ピアッツァもカタチは変えずに、3リッターV6セラミック・ターボを積んだような最上級版が出るのではと勝手に期待していましたが、そんなことはありませんでしたね」
 これからも長くピアッツァに乗り続けたいと決意した時に、すでに生産は終了していた。2代目ピアッツァと称して登場したクルマは、似ても似つかぬ代物。少しでも程度の良いものをと探して購入したのが、現在のXEハンドリング・バイ・ロータスだった。相田さんは、運転免許を取ってから、自分のクルマとして2台のピアッツァにしか乗っていない。それほど惚れ込んでいる。
 ピアッツァは、きれいなウエッジシェイプをしている。相田さんにとって最初のウエッジシェイプは、アルファロメオ・カラーボとランボルギーニ・マルツァルだった。
「2台のプラモデルを、小学生の頃に作ったことを今でもよく憶えています。何の知識もなかったはずなのですけどね」
 実車も見たことがない、コンセプトカーに過ぎない2台のプラモデルを作ったということは、純粋に箱絵に描かれたウエッジシェイプに心打たれたということではないか。
 その時、祐次少年の指先と眼を伝わって、クサビ型のクルマという強烈な衝撃がインストールされたと想像できる。それがずっと影響力を発揮し続け、2台のピアッツァとなり、自宅の屋根となった。
 自宅の屋根というのは、昨年、自宅を新築した際に、南、東、西向きのそれぞれの屋根を傾斜の緩やかな片屋根にしたことを示している。横から見るとクサビのよう。
「個人の建築士と大手ハウスメーカーとで、設計コンペを行った結果です。設計をまとめていく間で、自分でも気付いていなかったところがよくわかるようになりました」
 ウエッジシェイプの影響力は、屋根のカタチにまで及んでしまった。

●2017年までは乗りたい

「右フロントホイールのハブが壊れたのと、燃料ポンプを交換したくらいで、長く乗り続けていても、それほど困ってはいませんよ」
 ピアッツァに話を戻すと、13年間でトラブルはあまり発生していないと相田さんは言う。でも、話を聞いていくと、たしかに“困って”はいないだろうが、手間とお金はたくさん掛かっている。
 最も大きなものが、2006年に行ったエンジンのボアアップだ。
「さらに10年以上は乗り続けたいと、エンジンをオーバーホールすることに決めました」
 ヒストリックカーのレースにも参加している専門工場に持ち込み、その際に、再び組み立てる時に、大きなピストンを組み込む手間は変わらないので、思い切ってボアを0.5ミリ拡げ、排気量を1994ccから2017ccにまで拡大した。改造申請を行い、3ナンバーになった。費用は全部で78万円。 「早くても2017年までは乗りたいので、代えられるパーツはすべて代えました」
 パーツ移植用の一台を庭の隅に置き、そこから有効なものを外して組み込んでいる。テールゲートの縁を沿っている配線用蛇腹ホースなども純正部品が入手できず、ウエットスーツ補修材を流用して、亀裂を繕ってある。他にも、さまざまなところに知恵を絞り、手を掛けられているところに相田さんのピアッツァへの愛情の深さと人柄が表れている。
 それにしても、なぜ、“2017年”なのだろうか? 「こだわっているわけではないのですが、ボアアップした排気量が2017ccなので。ハハハハハハッ」
 3万円でリペイントした真っ赤なヘッドカバーの結晶塗装が美しい。
 修理の見積もりや各種請求書、領収書などがファイルされているのはもちろんのこと、オリジナルマフラーをあつらえた時のイラスト図などまでも丁寧に束ねられている。大きさの違うものは、すべてA4の台紙に貼ってサイズを統一してある。
「これから庭も造っていかなければならないので、クルマいじりは休憩中といった感じですね」
 建てられたばかりの二世帯住宅の前にピアッツァを停めて、相田さんは庭の完成形をうれしそうにイメージしている。別棟のガレージ(羨ましい!)の建て替えはまだ先だが、もちろんこちらの屋根もウエッジシェイプにするつもりだ。

 

『NAVI』誌2008年9月号より転載

いまは無き『NAVI』誌で、1990年3月号から2010年2月号まで、二度にわたって長期連載していた
「10年10万kmストーリー」は4冊の単行本にまとめられている。
しかし、まだ収められていないストーリーがたくさんあり、切り抜きを収めたスクラップブックを
ときどき引っ繰り返してはパラパラやっていると、その後のみなさんの様子が気になってくる。
変わらず元気に過ごしているのか?
まだ乗り続けているのか?
それとも、他のクルマに乗り換えてしまったのか?
ボアアップした時の記念として“拓”を取った

●いすゞピアッツァとは?  

1980年の東京モーターショーで発表され、'81年に発売されたいすゞのスペシャリティカー。初代ジェミニの(今で言うところの)プラットフォームやエンジンを利用し、ジョルジェット・ジウジアーロがデザインした美しい2ドアクーペボディが載る。コンセプトカーの段階では、いすゞではなくジウジアーロ率いるイタル・デザインのプロポーザル・モデルの「アッソ・ディ・フィオーリ」だった。ジウジアーロといすゞは、フィオーリのカタチをピアッツァの製品化に際してなるべく損なわないように努力を惜しまなかったので、全体のプロポーションも崩れず、細部まで神経が行き届いた内外の造形が実現された。外観が美しいのはもちろんのこと、未来的かつ実用的な内装もピアッツァの評価を高めている。後席は2+2ではなく、完全な4シーターで居住性に優れている。

マフラーを誂えた時のスケッチとメモ
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赤いヘッドカバーも鮮やかな、よく手入れされたエンジンルーム